副・一流になるための真のヴォイストレーニング

会報の未掲載記事や他の雑誌などの掲載記事の記録 編集部編

課題曲レッスン カンツォーネ(4)16~20 29748字

課題曲レッスン カンツォーネ(4)     

 

16.アル・ディ・ラ/ベティ・クルティス

17.この胸のときめきをピーノ・ドナッジョ

18.ヴォラーレドメニコ・モドゥーニョ

19.サンタ・ルチア/ロベルト・ムローロ

20.タイム・トゥ・セイ・グッバイ/アンドレア・ボッチェリ

 

次の順で載せています。

 

曲名

歌詞(日本語ほか)

◯トレーナーアドバイス、、、、アドバイス

◯ステージ実習チャレンジ、、チャレンジ

◯福島英コメント、、、、、、コメント

そのほか 訳詞など

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「アルディラ」 C016        

 

 

輝く宝石よりも

野心に満ちた夢よりも

輝く星よりも

あなたは私にとってただ一人の素敵な人!

深い深い海の底までも

遠い遠い世界の果てまでも

いつまでもいつまでも

あなたはただ一人私とともに!

         (BV研究所訳♯Δ)

 

 

アルディラ こんなに愛しい あなた

アルディラ 呼び起こしてみたい あなた

アルディラ 輝く星アルディラ 愛する

なんて青い瞳 じっと見つめておくれ

 

アルディラ 海の底まで 一緒に

アルディラ 地の果てまで 一緒に

アルディラ 命かけてアルディラ 愛する

命かけて いつまでも

          (荒井 基裕訳)

 

 

 

◯チャレンジ         

 

アルディラへの強い想いを曲中に9回登場する「アルディラ」の変化により表現したい。

それぞれのアルディラの音色は直後に置かれた歌詞のイメージおよびメロディと呼応させる

例えばA)部では、「こんなにいとしいあなた」が直前の「アルディラ」の音色を決める。

それぞれの「アルディラ」の後ろに続く歌詞とメロディにより直前の「アルディラ」の色合いを的に聴き手に定着させ、「アルディラ」自身の音色の変化でドラマを展開し、最後の「アルディラ」に集約させる。(YM)  

 

 

【意図、ポイント】

ただ、ひたすら、愛しているという気持ちを歌っている。

喜びに満ちて。

 

【歌詞】

調べたところ、「アル・ディ・ラ」の意味は、「(全てを超えて、世界の果てまで)愛してる」

とのこと。いろんな言葉を並べて、愛を表現しているけれど

ただひとつ、懸命に愛しているということを、伝えたいのだと思う。

 

【音楽性】

起承転結(A-A'-B-C)のまとまりが、2つある構成。

前半は、Bがピークで、Cで降りてきて、いったん収める。

後半は、前半と同じように入るけれど、全体的に前半よりも

大きくつくる。Bで、同じように盛り上がり、最後のCでは

Bの盛り上がりを受けて、さらにその上をいって、華やかにエンディング。

 

【歌唱】

「あなた」と歌うところに気持ちを置く。

ところどころ”ため”を作り、前半と後半の変化や

大きさを表現する。(FU)

 

 

 

 

◯トレーナーアドバイス]

 

低い第三音から高い第三音までの、ちょうど1オクターブの曲です。Ritornelloの前に、ヴォカリーズが4小節ついています。第七音から最高音の高い第三音までの狭い音域で、二分音符と、四分音符の三連符の、組み合わせの繰り返しですが、歌い上げやすい音域なので、サビのつもりで、うまく歌い上げましょう。Ritornelloは、ほぼ4小節単位の、4つのブロックが、2回繰り返されます。高音域のヴォカリーズに続けて、最低音の、低い第三音の8連続で始まるフレーズが、2つ続いた後、3つ目のフレーズも、音域が上がり、第六音から始まるものの、主音の9連続で始まります。このように、3フレーズ目までは、エネルギーは違うものの、同じような形のフレーズですが、4ブロック目だけは、4分休符が二つ入るこれまでとは違うメロディラインになります。特に、一度目の、4ブロック目の終わりの部分だけは、テンポ通りに歌うと、不自然なつながりになってしまうので、テンポを崩して、うまく2度目のフレーズに進めましょう。Ritornelloを2回繰り返した後に、冒頭と同じ、ヴォカリーズが続きます。うまく盛り上げて歌い切りましょう。(♭Ξ)

 

素晴らしい歌唱だと思います。持ち声だけで分類するならばこの録音の歌手の方は「軽い声」の部類にはいると思います。しかし、決して声の軽さが気にならないパワフルな声で歌い、かと思えば弱音の使い方も見事です。この弱音があるから強い声の表現がより活きていると思いました。地声・裏声、胸声・頭声といった単純な声のわけ方ではなくどちらの声もバランスよく使い、音が高いから裏声・頭声ではなく表現の一部として声の使いわけています。音が高いから裏声になったという歌い方ではないです。高音域に入ってきても喉がせまくならず、むしろより広がりを聞かせられるのは素晴らしいと思います。特に「アル・ディ・ラ」と高音へのぼっていくときのイ母音が広いままで処理できているのはとても参考になります。イに聞こえているのですが口の中はアと同様の広さをキープできているのでその後のア母音に違和感なく進行できています。

このような歌唱を実現するためにはもちろんお腹の使い方などを研究することは大前提として舌根の問題と正面から向き合わなければなりません。

舌根が上がり、軟口蓋と近い位置にある間はこのような声にはなりません。舌根と軟口蓋が離れるようなトレーニングをする必要がありますし、そのためには深い呼吸と向き合わなければなりません。

すぐにどうにかなる問題ではなく地道な訓練が必要ですが、挑戦するに値する課題だと思います。(  ♭Σ)

 

この曲は、音符に歌詞を当てはめるように歌ってしまうと、とっても不格好な歌になってしまうと思います。イタリア語の言葉のニュアンスを生かしつつ、音とリズムを取り入れられるとよいですね。イタリア語の語りの要素を活かすためには、曲を歌う前に、イタリア語の歌詞を繰り返し朗読して、イタリア語のニュアンスをしっかり身に着けておいたほうがよいと思います。そのためにも、最初は楽譜を見ずに言葉だけを見て、ただひたすら読むことに集中したほうがよいでしょう。イタリア語のアクセントや抑揚、フレーズの感覚を得ながら読むことができるようになったうえで、楽譜と向き合ってみるとよいのではないかと思います。一見面倒くさい作業に思えるかもしれませんが、この手の曲は、言葉のフレーズ感よりも音符が見えすぎてしまうと、却って音楽を台無しにしてしまうと思います。音程やリズムの正確さは大事ですが、言葉のニュアンスを活かした上で取り組めるようにしていきましょう。(  ♭Я)

 

 

 

◯コメント

 

アルディラ

 

一行目が既に平面的になっています。Al di laは、場所を示している、名前ではないです。

メリハリをつける。ziosoがうまくいってない。tuが雑、単に伸ばしているだけです。

最後まで伸ばして保たせられればよいが、普通そこまで保たないので切ってもよいです。

そうでないとだらしなくなってしまいます。

infinitaは難しいからほとんどできないけれど、vitaはなんとかまとめることです。

 

Ci sei tu, al di la, ci sei tu per me.4つに分けてはいけません。

仮に4つならどういう構成をとるかはっきりさせる、

単純に1、2、1、2、とやる人もいるが、それならそう見えないといけません。

 

tuに対してlaどうおくか、次のci sei tuは一つ目と同じなのか違うのか、per me終わりなのであまり変にできないが、4つ同じにおいてはだめ。わからないときは強調するかしめるか。

 

 

1行目、ベティ・クルティスと同じようにやってみましょう。questeの後が違っています。siからdireまでに感情入れて高めてもっていって後は落とすだけの役割で、これだけでも一曲になっています。

コピーをするわけではないけれど、それに変われるものがないのであれば、それをもってきた方がマシ、本来はそれを真似ていくと、プロには敵わないからやり方を変えるのだけれど、そこで伝えられていないことから勉強するのも一つの手段です。

2行目、4つのモールス信号みたいに聞こえます。強弱アクセントをどこにつけるのでしょうか。

 

Al di làのlàはそこ、場所を示す、là-ではそうなりません、あと全部間延びしていく。preziosoになってから強くしようとしても無理、Al di làのAlの前にかなり呼吸を入れておきましょう。

結局サビがもたなくなってしまうのは、呼吸が入らないからです。

決してできないわけではないでしょう。声は出た方向でもう線が引っ張られて、なかなか元には戻せないものです。呼吸を変えるしかありません。

 

イタリア語でやるのであればイタリア語の読みをとことんやっておいてください。

意味がわからなければ「こんなに愛しいあなた」で構いません。

そのニュアンスが出るのか。強弱をつけるだけで歌にならないのはあたりまえなので、そこまでのことを課題に入れていきます。

 

このできだと最初の6行くらいで頭離れてしまう、後は何か入ってくればよいけれどまず入ってこない、1文字でも1メロディーでもよいのですが。

聞かせようとしなくても聞いてもらえるレベル、そのレベルのところで組み上げていかないと、いくら歌ってもあまり変わらないでしょう。

 

 

冒頭はコーラスのような感じで普通に出していればよいけれど、ここからもう引っ掛かっています。肝心なAl di làが表現として、いまいち、もっていないままです。

しっかり歌うと大変な曲なので、どのへんで収めるかです。

 

 

 

 

 

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この胸のときめきを」 C017

 

毎晩のように僕らは二人っきりでここにいる

でも君は悲しそうで、僕はそれがなぜなのかわかっているんだ

きっと君は、僕に別れを告げたいのだろう

でも…

君なしにいられないのにこれからどう生きればよいの?

君は僕のもの、一日だって離れられるものか

ここにいて、きいておくれ、この胸のときめきを

お願いだからここにいて

君なしにいられないのにこの先どう暮らしていけばよいの?

君は僕のもの

君なしにどうやって暮らしていけばよいの?

君は僕のもの

     (BV研究所訳♯Δ)

 

 

夜ごと二人は ここにいるけど あなたの目には涙がある

きっとあなたは 言いたいのでしょう こんなことなら別れようと

あなたなしに生きてゆけない 一人でどうして暮らせましょう

あなたは私のものだもの 私は離れない

聞いて欲しいの 胸のときめき お願いだから ここにいてよ

あなたなしに生きてゆけない 一人でどうして暮らせましょう

私のものよ

 

あなたなしに生きてゆけない 一人でどうして暮らせましょう

あなたは 私のものよ  (岩谷時子訳)

 

 

 

◯チャレンジ

 

A1夜ごと二人はここにいるけど

君の瞳は悲しそうだ

A2君はひそかに 言いたいのだろう

こんなことなら 別れようと

B1君なしには生きていけない

ひとりでどうして暮すのか

君は僕のものだもの

分かれて暮らせるか

A3聞いておくれよ 胸のときめき

お願いだから いておくれよ

B2君なしには生きていけない

ひとりでどうして暮すのか

僕のものだ

B3君なしには生きていけない

ひとりでどうして暮らすのさ

君は僕のものだ

    

 

Aの持つドラマチックかつブルーな感じと、Bの安定感のコントラストによりBのメロディのよさを引き立たたせ、Bのリピートにより聞き手の期待を満足させる。

「夜ごと二人は」「君はひそかに」「聞いておくれよ」の部分のメロディが最もインパクトが強いのでこの部分を強く表現し、続く部分をリードする。「夜ごとふたりは」は「た」で踏み込みつつ、大きくベンドさせ、「た~り」はブルーな音色をイメージして息を多めにまぜながらゆっくりと下降させ、そのライン上に「りは」を置きドラマのスタートを感じさせる。「君はひそかに」も同様だが、ベンドの大きさを小さめにとり場面を少し変化させる。「聞いておくれよ」はAの集約部分なのでベンドさせず、息の音は入れず、シャープなラインでフレーズを描く。Bの部分は「君なしには生きていけない」のメロディのもつ安定感があるので音符の流れにのって歌詞をのせていく。(YM)

 

 

 

【意図、ポイント】

メロディが美しいと思った曲なので、大きなメロディに

切ない気持ちがうまく乗れば良い。

 

【歌詞】

あなたの気持ちが、私にもう無いことは、分かっている。

だけど私を置いていかないで。お願いだから、一人にしないで。

今でも変わらず、あなたにときめいているこの私を信じて。

 

【音楽性】

A-A'-B-A'-B-B

基本的に、Aの部分は、落ち着いて始まり、または戻すところ。

Bはサビになるので、ダイナミックにメロディを動かす。

 

【歌唱】

悲しみや失望といった感情は、Aの部分の言葉にみせて

サビでは、直接言葉に、暗さや、やるせなさは出ないように。

美しすぎるメロディゆえに、余計に悲痛の叫びが伝わるようなイメージで歌う。(FU)

 

 

 

 

A  Siamo qui noi soli

  come ogni sera

  ma tu sei piu' triste

  ed io lo so perche'

 A' Forse tu vuoi dirmi

  che non sei felice

  che io sto cambiando 

  e tu mi vuoi lasciar, ma…

 

B Io che non vivo piu' di un'ora senza te

  come posso stare una vita senza te?

  Sei mia, sei mia, mai niente, lo sai

  separarci un giorno potra'

 

A'' Vieni qui, ascoltami

  io ti voglio bene...

  Te ne prego, fermati 

  ancora insieme a me

 

B' Io che non vivo piu' di un'ora senza te

  come posso stare una vita senza te?

  Sei mia, sei mia,

 

B'' Io che non vivo piu' di un'ora senza te

  come posso stare una vita senza te?

  Sei mia, sei mia, sei mia 

 

 

 【意図、ポイント】感じたこと、伝えたいこと      

心変わりしていく相手に、きみがとても大事なんだという悲痛な思い      

 

【歌詞】ことば、ストーリー、ドラマ、情景と、その描写など      

2人は一緒にいすぎていつの間にか空気のようになり、      

相手と向き合う時間が減っていった。      

相手の心が離れていくのを知って、とても大切な存在だと気付いた。      

自分の全てをかけて、相手に気持ちを伝えている。      

      

【音楽性】曲の解釈、メロディ、リズム、演奏、アレンジ、構成、展開、表現など      

Aは短調で暗く悲しげでとぼとぼ、モチーフとなるフレーズが3つ繋がってるが、      

1度ずつ下がってるので、段々と悲しみが深くなっているよう。      

Bは始めの2音はAと同じだが、3音目はAより半音高くそこから長調に転調していることや      

Aに比べると音符の数が多くシンコペーションも多いので、勢いがある。      

      

【歌唱】声質、声の使い方、見せ方、創意工夫、加工装飾、構成、展開など      

Aは、力なく悲しげな声で、「Siamo qui」の後、間を取る。A'「Forse tu」、A''「Vieni qui」も同様      

Aは段々とデクレッシェンドしていき、A'も途中まで同様にして、      

「e tu mi vuoi」からクレッシェンドしていき、「ma」は今までを否定するように明るくして次に繋げる。      

Bは、必死な力のある声。フレーズの最高音の「vivo」「stare」に向かって山なりのイメージ。       

「senza te」はためて入る。      

「Sei mia, sei mia, mai niente, lo sai」は「mi」を強くしながら、「niente」が頂点になるようにクレッシェンド。      

A''はスーッとまた元に戻って悲しげに。フレーズの終わりが下行なのでそっと終わりにする。      

B’もいきなり盛り上げすぎずに長い幅でクレッシェンドしていき、      

B''が盛り上がるようにする。「sei mia」と確信を持って強く終わる      

 

 

 

 

◯トレーナーアドバイス]

 

ヘ短調16小節のStrofaと、ヘ長調8小節のRitornelloの繰り返しで構成される曲です。始まりのヘ短調の部分は、3つのフレーズでできていますが、どれも2拍目からフレーズが始まっています。1つ目は主音から高い第六音まで、ほぼ順次進行で上がって、第四音まで下がる山型のフレーズで、開始音が1音ずつ下がって、2つ目は低い第七音から高い第五音、3つ目は低い第六音から高い第四音まで、同じように山型のフレーズが3つ続きます。ここで、楽譜上ではとても難しいのが、1つ目のフレーズの降り始める部分の三連符です。Strofaの中では、この部分にしか三連符がなく、しかも、前後や他の部分は、付点四分音符と八分音符の組み合わせになっています。この違いを、充分に感じさせるように、注意深く練習しましょう。続く、ヘ長調のRitornelloは、三連符だらけで、しかも、シンコペーションだらけです。このあたりが、見事に対照的になっているので、しっかり歌いわけられるようにしましょう。この曲に限っては、しっかり歌い上げる短調のStrofaと、軽快にリズミカル歌う長調のRitornelloが、交互に現れ、最後はヘ長調のRitornelloの後に、ト長調のRitornelloに転調して終わります。特に、Ritornelloの三連符のシンコペーションを、カッチリと決めないと、Strofaの歌い上げが生きないので、間違いなく歌えるように、繰り返し練習しましょう。(♭Ξ)

 

この録音を聞いての最初の感想としては、発声や歌唱としては弱いが、よい曲だなということでしょうか。曲がよい。しかし歌手にはあまり魅力を感じないです。なぜ魅力を感じないかというと単純に声が浅いということにつきるとおもいます。イタリアンポップスの歌手にも声が浅い人もいますが、もっと声にたよって歌うやりかたもこの曲にはあうのではないかと思ってしまいました。

イタリアでテレビをつけると、歌番組がとても多いです。そこに登場する歌手たちの多くは日本では信じられないほど歌唱レベルが高いです。声にパワーがあるといってもよいです。それにくらべるとこの録音の歌手はちょっと弱い。イタリア語の歌詞から推測するに男性の恋愛の歌なのですが、弱弱しく聞こえてしまい、もっとパワーのある声の方に歌ってほしいですね。

しかし、イタリアで勉強すると「語るように歌え」と言われることがあります。イタリア語の語感がなくなったり、響きに頼りすぎているといわれることが多いアドヴァイスですが、イタリア語を身体で支えてしゃべるとそれだけで美しく歌えるというアドヴァイスです。

この歌はまさに語るように歌うことが重要だという印象をうけましたので、役者のようにお腹から言葉を発するということを目的にトレーニング教材にしてもよいかなと思いました。(  ♭Σ)

 

哀愁漂うメロディーを、言葉を語るようなイメージで歌えると素敵になるのではないかと思います。音は後で入れるとして、先にイタリア語で歌詞を読む練習を何度も行うことから始めるとよいのではないかと思います。言葉の持つフレーズ感を活かして歌うためにも、このような練習がとっても重要になると思います。さらに上手に歌いたいのであれば、単語をはじめ、内容をしっかり理解しておくことが重要だと思います。歌詞の内容を理解し、朗読でそれが表現できる状態まで読む練習を行う。それができた上で、音楽をつけていくという手順で進めていくと、表現の練習になると思います。声や音だけにとらわれない練習の課題として、この曲を用いるのはよいのかもしれません。冒頭の部分はレガートで歌っていく中に、哀愁漂うさまざまな“色”が見えるように歌えるとよいですね。3連符が続く“Io

che non vivo ~”からは、基本はレガートさを活かしつつ、イタリア語で会話しているような自然な言葉のニュアンスを活かしつつ、音楽にできると理想だと思います。(  ♭Я)

 

 

 

 

◯コメント

 

この胸のときめきを

 

「ed io lo」のあたりの流れ、「sei felice」、抑えるためにリズムとメリハリがつきにくいです。そういう歌い方もあるし、そういうふうに歌う人もいるけれど、ベテランかよほど若くて違う魅力でもっていく、可愛らしさとか語尾にニュアンス入れるとかなら、もつでしょうけれど、展開しないと歌の味が消えてしまう曲です。

 

「cambiando」までの流れ、「mi vuoi lasciar ma」、「ma」で「しかし」の意、ここで大きく変わるところ。AはともかくA’が承になる、Bで転じる、というところはきちんと見せていかないと。展開していかないで埋もれていってしまいます。

「insiene a me」の「me」のおさえ方。気になるのは「Sei mia」からのところ、B’のところ。同じ調子でやるからインテンポ、テンポ的にはよいのですが、リズム感、最後の「Io che non vivo」の「vivo」、次の「più di un'ora senza te」の動き、本来はリズミカルに刻まれないと心地よくならない歌です。

 

最後「Sei mia」三回、同じ繰り返しになっても構いません。何かしら、本当はこのまえに勝負をしておかないといけないのです。最後盛り上げてまとめる形なら、それはそれでもっと強く出すなり表現しなければなりません。

 英語にすると尚さらそういうことが目立ちます。日本語は、それに比べたら歌謡曲に落としているような歌詞です。

 

「二人」の「たり」くらいから、抑えて同じ調子になって難しいのは、もたれていくこと。言い切り、スパッとした感じ、浮遊感とかがなくなってしまうのです。

「哀しそうだ」のところ、「君は」、「夜ごと」も、入り方はよいんだけれど、「こんなこと」こういうところがもたれないようにしましょう。

 

「別れようと」は変えているけれど、高音になったときにピタッとあたらない、ピッチが若干、不安定になり、かすれたりすると、よくありません。

 マイクがあれば違ってくるでしょう。圧がかからなくなるから高くは出ているけれど引いているような歌い方、それであればハスキーにしないで、きれいにまとめる、あるいは裏声にもっていくようにします。今流行りの歌い方にしないと、失敗したみたいに見られてしまいます。

 

「君なしには」は問題ないが「一人でどうして暮らすのさ」歌詞とメロディーが難しいところではあるけれど固まらないように。「聞いておくれよ」歌詞とメロディーをどう動かしていくか、「胸のときめき」歌詞でやるのかリズムかフレーズで聞かせるのか、これを出したことに対して「お願い」があまりていねいではないです。

「いておくれよ」、飽きないために何かやったときに、違う音色が出たようなときに、そういう歌い方で、ちゃんとまとめ切れるのか、次に耳が行ったときに駄目だったら、さっきのもいい加減だったと見られてしまう。

 

「いておくれよ」特に「れよ」がきちんと決まると前のもよかったとなるのが、ここが駄目だとむしろマイナスになってしまいます。

「一人でどうして」の「どうして」もそう、歌詞的なものでもメロディー的なものでもよいので何か伝わるものがないと。

 

「You don’t have to」のところなどはリズムが聞こえてこないと、抑えて同じ調子で歌ってしまうときついところです。「Believe me」三回、「Sei mia」と同じ、どう捉えるか、音の調子、盛り上げとしてひびきとして捉えるのか。声が引っ掛かる、きれいに処理しないと難しい、そうでなければロック調にぶち破って処理するとか。

 

日本語だと簡単そうでいて難しい、一つの処理の方法は尾崎紀世彦ふうに歌い上げ、その勢い、メリハリで見せる、というように、なるべくシンプルにしていくことでしょう。

もたついてしまうと日本語は本当に何を言っているかよくわからなくなってしまいます。

ローマ字表記にしてクリアに母音というより言葉を処理する、その上で口先で処理してマイクにきちんと入れます。

段々と本末転倒になって口先だけで歌うと、悪いプロっぽくなってしまいます。それを避けるためにアカペラとか無伴奏マイクなしでの勉強をしておきましょう。

クラシック歌手はそこから外れないのです。ただそのままでもっていってしまうと、押し過ぎ引っ張り過ぎるでしょう。発声で見せる方にあまりもっていってしまわないこと、そこの兼ね合いが難しいです。

 

プレスリーの大ヒット曲、元は、ピーノ・ドナッジョの歌うカンツォーネです。

歌い方は全然違うのですが、プレスリー独自のスタンダードな歌い方、簡単そうに歌っているがなかなかあのようには歌えないです。

プレスリーの発声も、最初はよくわからなかった、シナトラもそう、マイウェイとか年をとってからの方がお手本のようです。発音だけでなく歌のテクニック、本当にうまいから見えないのです。

 

ミルバとかと同じ、聞いていておもしろくもない、でもケチのつけどころもない、それが、一流ですごい歌い手の証明です。パヴァロッティやクラウディオ・ビルラもそれに近いです。ポップスは、色がないから音が伸びていきます。

 

そういう意味では、ここでやっていることもそんなに外れていないです。ただアカペラでこういうマイナーな場所でやるのとステージで伴奏つけて派手にやるのとは、違います。

ここを出て歌い手やトレーナーになった人も、レッスンのうちは、それほど派手でないけど外へ出るといろいろな飾りがついてしまいます。飾りがつくのはいいのですが、その中心の部分が失われてしまうと、またアマチュアっぽくなってしまいます。つまりは、雑な印象になるのです。

 

日本語歌詞で、磨かなければいけないのは、言葉のていねいさ、特に日本語で歌うときは、そこに力を入れなければいけないのです。言葉の処理です。

イタリア語ならあまり目立たないので、それでできたところに、そのベースがあるときに日本語をおきかえるのが、最良でしょう。そうしたところで、どういうテクニック、切り出し方をするかです。

 

 

 

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ヴォラーレ」 C018

 

もう戻らぬ夢に思いを馳せる

私の手も顔も青く染まる

すると私は突然風にさらわれて

限りない大空を飛び始めるの

ヴォラーレ!カンターレ

青く染まったその中でなんと幸せなことでしょう

もっと高くお日様よりも高く

世界が少しずつ遠くへ消えていくその間

甘美な音楽が流れるの

ヴォラーレ!カンターレ

 

明け方に見る夢は消えてしまう

月が夜明けとともに持っていってしまうから

でも空のように美しいあなたの瞳の中で

私は夢を見続けるの

ヴォラーレ!カンターレ

青い瞳のその中でなんと幸せなことでしょう

もっと高くお日様よりも高く飛び続けるの

世界が少しずつあなたの瞳の中へ消えていく間

あなたの声は甘美な音楽となって流れるの

ヴォラーレ!カンターレ

            (BV研究所訳♯Δ)

 

 

ヴォラーレ

 

ほんとにふしぎな ゆめをみるの

まどからそらが しのびこんで

かおもりょうても あおくそまると

ひばりのように わたしはとぶの

 

ヴォラレ オオ カンタレ オオオオ

あおいおそらに ほんとによいきもち

たかくとおくやまをこえ

うみこえ おひさまで どこからか 

きれいなうたも きこえる

あおいおそらは なんてすてきでしょう

ヴォラレ オオ カンタレ オオオオ

あおいおそらに こころもうきうきと

 

つきのひかりが うすれるとき

あなたのゆめは きえてしまう

けれども わたしのゆめは いつも

あなたのあおい ひとみのなかに

 

ヴォラレ オオ カンタレ オオオオ

あおいおそらに ほんとによいきもち

たかくとおくやまをこえ

うみこえ おひさまで どこからか 

きれいなうたも きこえる

あおいおそらは なんてすてきでしょう

ヴォラレ オオ カンタレ オオオオ

あおいおそらに こころもうきうきと

あおいひとみに こころもうきうきと

 

 

 

A

ほんとに不思議な 夢をみる

窓から空が しのびこんで

顔も両手も青く染まると

ひばりのように わたしは飛ぶの

B1

ヴォーラーレ オオ

カンターレ オオオオ

青いお空に

ほんとによい気持ち

C

高く遠く 山をこえ

海越え お日さままで

どこからかきれいな歌聞こえる

青いお空はなんてすてきでしょう 

B2

ヴォーラーレ オオ

カンターレ オオオオ

青いお空に

心ゆくまま

     (音羽たかし訳)

 

 

A 1 Penso che un sogno così non ritorni mai più

  2 mi dipingevo le mani e la faccia di blu

  3 poi d'improvviso venivo dal vento rapito

  4 e incominciavo a volare nel cielo infinito

 

B 5 Volare! ho ho!

  6 cantare! ho ho ho ho!

  7 nel blu dipinto di blu

  8 felice di stare lassù

 

C 9 e volavo volavo,felice più in alto del sole ed ancora più su,

  10 mentre il mondo pian piano spariva lontano laggiù

  11 una musica dolce suonava soltanto per me

 

B 12 Volare! ho ho!

  13 cantare! ho ho ho ho!

  14 nel blu dipinto di blu

  15 felice di stare lassù 

  16 nel blu degli occhi tuoi blu

  17 felice di stare quaggiù

  18 con te

 

 

 

 

◯チャレンジ

 

この曲の構成を自然に聴かせるためには、Aの部分は「夢を見る」「しのびこんで」のあとの間を十分に聞き手に感じさせる必要がある。「ほん」で踏み込み「ほんとに」と発したときにできるフレーズのラインとフレーズの進行するスピードを損なうことなく「不思議なゆめをみる」を置き、「みる」で体をつかって柔らかく終始させる。「窓から~」も同様。

「顔も両手も」でやや鋭く入り、「そまると」の「ま~と」ではやわらく「と」で終始、「ひばりのように」で再び鋭く入り、「とぶの」の「と」で深く入り、「ぶ」でフレーズのラインを絞って「の」を発しながら徐々に開いていく。「とぶの」でできたラインの延長上に「ヴォ」をおいて、そこから「ヴォラーレ」と「レ」をめがけて打ち下ろすように「ヴォラーレ」と発して、このときにできる振幅の大きさを利用して「ヴォラーレ~オオオオ」のフレーズをつくる。B2も同様。Cはマイナーコードが連続する部分なので暗めの音色に変え、「海越え」の「み」に集約させる。(YM)

 

 

1.辛いことがあっても今は忘れてのんびりと楽しもう。      

      

2.夏の日の心地よい時間にゆったりとゆらゆらとハンモックに乗りながら。      

大変なことや過ぎし日の後悔など色々あるけれど、      

とってもステキな夢を見たから、今は忘れて楽しもう。       

理想の世界へ飛んでいこう。      

 

3.ACは1拍が3連符のリズムに対して、Cは長めの音が多いのでメリハリつける。      

1は低く暗めの音から始まり、2では最低音が出てきているが、      

3で1オクターブ上がって、主音が出てきたので明るくなったように感じる。      

4では最高音が出てきて、気持ちも充分に高まって、Bとなる。      

5、6は下行で長い音符なので、ゆったりとしたイメージにする。      

9、10、11は、度を少し変えたフレーズが続いているので、      

段々と大きくしていき、次のBに繋げる。      

      

4. 1、2は、明るめの声で名残惜しそうにそっとつぶやくように。      

3で1オクターブ上がるので、テンションも上げて、うっとりと夢見るように。      

5の「Volare」で力をぬいてふわっとやさしく柔らかくふわっと。      

「ho」は1回目を短く切って、2回目は息を多めにして伸ばす。      

6「cantare!」は笑顔の声にして、「ho ho ho ho!」は上に昇っていくように。      

7、8は、「blu」「 lassù」を跳ねる様に。      

9はささやくように始めて10、11で段々と大きくして行く。      

12~15は、5~8と同じように、16、17はそれよりも大きくして、      

18は、上のイメージで、「te」を跳ねて終わる。(OZ)

 

 

 

 

◯トレーナーアドバイス]

 

イタリア語の題名からわかるように、少しファンタスティックな詩の内容です。もともとの、Strofa(a piacere)とRitornello(a tempo)の関係を、守っている作りになっています。Strofaの部分は、同音連続の多い三連符が多用されているので、イタリア語の歌詞の意味などに合わせて、微妙にフレーズを伸び縮みさせましょう。YouTubeなどで、イタリア人歌手の歌い方を、、まねしてみるのも、よいでしょう。4小節単位の4個のフレーズですが、2個目と3個目のフレーズ間が、1オクターブ跳躍して始まるので、準備を怠らないように、繰り返し練習しましょう。Ritornelloは、いきなり最高音のロングトーンで始まるので、充実した声で歌えるように、キー設定に、気を配りましょう。5フレーズ目あたりから始まる三連符の連続は、Strofaの部分とは違って、あまりリズムを伸び縮みさせない方が、フレーズのよさを引き立てるので、歌詞でつまづかないように、充分に読みの練習に取り組みましょう。(♭Ξ)

 

イタリア語に限らずですが外国語を歌うのに外国語に聞こえないといわれる時の原因の一つは母音+子音、二重子音、二重母音などの連結がうまくいっていないことです。この曲は「volare」とイタリア語ではかきます。これがどこの切れずに発音できるとそれは、レガートの完成であり声の基礎の一つがうまくいくことを指しています。

1.oの母音を、口を広く縦に開いて舌根を下げる

2.oの口の中の広さをたもったままVを発音する

3.oの口のひろさのまま顎はそのままで舌の動きだけでLを発音する

4.oの口の広さのままAの発音をする

5.Aの口の広さのまま顎は動かさずREを発音する

ということでしょうか。もちろん呼吸、支えなどさまざまなバランスが必要ではありますが、日本人の場合クリアに発音するということは口や顎をたくさん動かすことだと思いがちです。しかし、外国語はいかに動かさずに舌の動きや、唇の動きだけで発音できるかが重要です。このようなトレーニングを続けることで、母音と子音で口腔が一定に保たれるのでレガートや声や響きの均一さが生まれてきます。(  ♭Σ)

 

この曲は、ほかのカンツォーネにも増して、イタリア語をしゃべるセンスが問われる作品だと思います。特に冒頭の部分は、音もリズムもほとんど変化しません。すなわち、言葉のニュアンス、抑揚がカギになっていると思います。ですので、音符に言葉を当てはめるというのは非常にナンセンスだと思います。そうならないように気をつけましょう。練習方法としては、朗読するように何度も何度も歌詞を読む練習を行いましょう。イタリア語のフレーズ感、抑揚、これらを充分に活かして読めるようになるまで繰り返し行うようにしてみましょう。これが何度も暗唱できるレベルに達したら、音楽をつけていく作業に取り掛かりましょう。その際、言葉のニュアンスを充分活かすことを大事にしましょう。これらの手順で進められると、楽譜には表現しきれない、イタリア語のフレーズ感や抑揚を活かしながら歌うことが可能になってくると思います。逆に言えば、これらが得られない状態で歌ってしまうと、非常につまらない曲になってしまうと思います。“語るように歌う”ということを、ぜひ大事に取り組んでみてください(♭Я)

 

 

 

◯コメント

 

ヴォラーレ

 

最初の二行、特にそれぞれ前半、早ければよいが、ゆっくりだと切れ切れで単語の意味がわからなくなってしまいます。原曲を聞いて強弱だけとってみる。最後二行、Feliceはliにアクセントがくるので言葉で言う練習をする。突っ込んでおいてこの音の高さをとることです。

畳み掛けのところは全然成り立っていないです。リズムにポイントを置いていけばそれほど難しくない曲です。「Volare」の一行でも前半の語尾に強調がある、本当は頭に強調があり語尾は処理してひびきだけ残すくらいにしておかないと重くなります。

 

さらにテンポを落として違う解釈をするならよいのですが、早くやりたがる。普通にきれいに歌うならリズムとメロディーを外せないです。日本語は難しいし日本人が歌うと広がってしまい、さらっと心地よくなりません、歌謡曲っぽい方向になるのです。

 

語尾が重くなるとどうしても日本っぽい曲になり、イタリア語でやる意味があまりないです。全体的には高音を除けば息が入ってきていてその息が動きをとっているから、それほどへんなところはないです。高音処理をどういうふうにやっていくか。平たくならないように統一していくことです。わざと平たく浅く歌った方が何かが出てくる曲でもありますが。

 

難しい歌、合唱団とかダークダックスとかコーラスみたいなことで、よい歌をさりげなく民謡的に歌っている分にはよいけれど、ソロでこれを歌おうとするとなかなか成り立たないでしょう。みんなの歌みたいな感じでやるならよいのですが。

 

カンツォーネの歌手でも歌う人はあまりいない、お客さんサービスのために、「フニクリ・フニクラ」みたいのと同じように割り当てられて歌うことは多いし、アレンジしてすごく速くしてリズムで聞かせる形とかだとおもしろくなるでしょうけれど、きちんと歌うのは大変な歌です。

 

最初のB「Volare~」はよかったです。その前は成り立っていない。8、9行目は完全に崩れてしまって、その後の「Volare~」、1回目と同じことを繰り返せばよいんだけれど、4回くらい出てくるけれどすべて、そのレベルに戻せていません。

大体の人がそうで、1番のサビは案外うまくいくけれど、それを最後までキープできたり、最後に展開させられるような人はいないです。でもワンコーラスくらいはもたせないと。2、3、4回と崩れる前に。2番になると1番の欠点が、同じAメロでも出てくる、13行目入るところもそうです。

 

「Oh」は難しい、日本語で歌ってもイタリア語で歌ってもなかなか向こうの人のように自然に「Oh」に入れない、気をつけて欲しいのは、広がりです。広がってしまう、膨らんでしまったり。それで歌が崩れる原因になります。頑張れば頑張るほどベタになって、立体感がなくなっていくのです。

 

21、22行目あたりの構成展開、例えば「la tua」を小さくしてみてその後がていねいに扱えればよいのですが、すごく雑になっています。最後「con te」で終わるところも作為的になってしまって、そこでどうこうするというよりは、それまでの歌の流れが死んじゃっているとどうしようもなくなるのです。

構成展開が見えない、というより、あまりにあたりまえに組まれているものがあって、それに向けて行っている途中みたいになっています。

本来はそこまで捉えた上でさらに、それはもう曲を知っている人だったら皆、知っているので、何かしなければ、という勝負にならなければいけないのです。

 

 

 

 

 

 

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「サンタ・ルチア」 C019                 

 

 

 

◯チャレンジ

 

2回の「サンタ・ルチア」にサンタルチアへの想いを集約させる。「高く」「照り」「絶え」「無く」がそれぞれ同音上に置かれるので、この部分のメロディラインを活かして水平方向を強調したフレージングにする。また。「高く」「照り」「絶え」「無く」ではしっかり踏み込み、メロディーの進行とともにこれらの語にエネルギーを蓄積させていく。

踏み込みを大きくとり、フレーズラインの振幅を大きくして上下方向の動きを作り出し、水平方向のフレーズの動きと上下方向のフレーズの動きを対比させる。

同時に蓄積したエネルギーを増幅させて2つめの「サンタルチア」で一気に解放する。(YM)   

 

 

◯トレーナーアドバイス]

 

低い第二音から高い第三音までの一オクターブ余りと、それほど音域の広い曲ではありませんが、跳躍が頻繁に出てくるので、そこを意識しておかないと、発声が乱れて、歌いにくくなる原因になります。2小節単位の4つのフレーズを2回繰り返すStrofaと、同じく2小節単位の4つのフレーズを2回繰り返すRitornelloで構成されていますが、Strofaを、自由なテンポで歌うように指示されているわけでもないので、大きく2つの部分にわかれていることを意識するだけで、よいでしょう。ただ、Strofaも Ritornello も、それぞれ、同じメロディを同じ歌詞で繰り返していることを忘れずに、どちらも、2回目を単調に繰り返さない工夫を、忘れないようにしましょう。また、Ritornelloの頭は、Strofa の終わりから、6度跳躍して、最高音から始まるのを、しっかり活かして、ベストな声で、歌い出せるようにしましょう。続く3フレーズ目は、16分音符の連続のアルペジオですが、最高音からほぼ最低音まで下がってから、6度跳躍するので、声と音程が外れないように、注意深く練習しましょう。(♭Ξ)

 

軽く歌っているようですが絶妙なレガートで歌っている素敵な録音だと感じました。イタリア語のレガート感が素敵な歌唱だと思いました。

声門閉鎖がしっかりとおこなわれているので軽い声なのですが息もれせず、子音の繋ぎもすばらしいです。とくに「santa」ということばのNからTの発音の移行などとても美しいです。上前場の裏で舌先でNをキープして、舌を外す瞬間にTの子音もついてくるという二重子音のお手本のような録音です。このように二重子音を発音すると一度の動きの中で二つの子音を発音することができます。

これをNとTで二回舌が動いてしまうとそれはレガートのラインがなくなり、イタリア語に聞こえないだけでなく、発声としても声の維持ができていないので基礎力の低下につながります。レガートというのは音楽表現ではなく発声の基礎です。それは発声だけではなく発音の技術も含みます。口や顎を言葉ごとに動かしすぎず、舌や唇などの動きだけで発音するという技術です。

そういう意味ではこの曲は音楽の教科書などにも掲載されることがある曲で、有名なナポレターナでもありますが、レガートの技術をもって歌うというのはとても大変な技術を要するということです。

指導者のものとでしっかりと学んでほしいテクニックを体感できる録音だと思います(♭Σ)

 

有名なカンツォーネの曲を取り上げれば、必ずといってよいほど出てくる曲の一つです。学校の音楽の教科書に載っていることもあるので歌ったことのある人もいるかもしれません。曲のタイトルでもあり、歌われている「サンタ・ルチーア」は、ナポリ湾に面している「ボルゴ・サンタ・ルチーア」であり、美しい海岸の景勝地として知られています。さらに地名のおおもとをたどれば、「サンタ・ルチーア」は聖ルチア(=シラクサのルチア)からつけられたものになります。異教徒との結婚を拒み迫害され、最後は殉教した人物です。

曲はゆったりとした三拍子で、ナポリ湾の船乗りが歌う、いわゆる舟歌の要素をたっぷりと感じます。美しいナポリ湾をイメージし、穏やかな気持ちで優雅に歌うことを心がけると良いでしょう。その際、ことばの発音・発語も極力滑らかに行うことが、滑らかに歌っているように聞こえるためには必要な要素になります。リズムを出す際にあごや口の中が硬くならないように気を付けてみると、滑らかな発語につながるかもしれません。( ♭Я)

 

 

 

◯コメント

 

 

サンタ・ルチア

 

日本人の感覚でないのは、こういう歌なのでよいが、リスクの多い歌い方です。

後半で声がのってくれば、前半はていねいに歌っているから成り立つかもしれない。

後は、長いので2番では歌い切り、3番はすごく抑えてていねいに歌う、といったメリハリがつけばよいが、どこかでスケールを出さないともったいないです。

 

大体の場合サンタ・ルチアの言葉のところで、テーマだから、声として使い切るのです。

ここも抑えが入っていている、チとか。前半の言葉のところを感情込めて潰すのは場合によっては、効果もあるが、今度は息苦しくなってくる方向にいきます。

 

そういう歌い方をしている人もいるが、そうするともっと息を使ったりもっと流して何かインパクトを与える方向にしないと、1番くらいならもつが3番まであると消耗してしまいます。

ていねいではあるが、どう聞くかです。ジャズでも少しぶつけた潰した歌い方になりそうです。

 

この曲は元々ナポリターナなので、朗々とは言わなくてもきれいに響かせるとか楽に出すような開放感で、テーマもそうだから、歌う場合が多いです。

 

そうではなく歌っている人もいます。誰もが歌っている歌なので、今のを詰めてそれを破裂させて歌うような歌い方をしている人はいなくはありません。

自分で歌っていて、きつくなってくる感じがあれば、それはお客さんにも伝わってきます。

 

ナポリターナはナポリターナらしく歌えということはないが、その代わり、そこから何をとっていくかです。あまり言葉としては、とっていきません。

日本人だからイタリア語はネイティブのようにはわからないからです。

 

ロディックに音楽性として楽器の演奏で使われた場合に、例えば尺八なりトランペットなり吹いたときに、今みたいなブレスとか抑え方はどう聞こえるでしょうか。音楽だからどこかで心地よさがないといけないです。

 

今のであれば、ポップスのトレーナーならもっと普通に歌えと言うでしょう。クラシックのトレーナーなら否定します。ポップスはいろいろな歌い方があるから、そこで一本通っていればよいわけです。

例えば、後半が開放されていくというやり方も一つ。3番の前半部などの完成度は、後半に何かやってくれるような期待を紡いでいます。

 

起承転結、creatoのところでクレッシェンドかけてみて、次にバーンと次のステージにいくかというと、また戻ってしまいます。それの積み重ねだと結局、転が出てこない、結にはなるかもしれないが、下降する前の段階が一ついます。

 

何か気に入ったニュアンスがあったなら、ワンコーラスに一ヵ所でよい、せいぜい1番を四つに分けた一つにあるかないかでよいでしょう。その一つのなかに四つとか六つとか入れたら入れ過ぎ、全部止まってしまいます。

 

エッジ、スキーで「ぎゅっ」としたり、水泳で水をかきだしたり、加速させる部分というのはよい、それがつながってしまうと伸びがなくなってしまう。踏み込むのはよいけど、ターンしようが飛びこもうが、そこで、すぐにかきだしたら伸びがない、そのままの方が勢いは強いのだから、その勢いがなくなる前にかいて、のりをつくっていく。音楽も同じです。☆

 

あんまりガタガタするとギクシャクしてしまいます。でもそれで歌っている人もいるし、それでずっと紡いでいっているような歌手もいる、ただ難しい、逆に言うとすごく音楽性とかセンスとか言葉のニュアンスを魅せていくことです。

 

ステージでなく声だけで魅せていこうとしたら通じにくくなるのと同じ、声だけでも魅せられる人が、外国でいうと歌手です。そこまでの計算をする。

日本人の場合は、声で魅せてもお客さんがそこまで声を読み込めないから、パフォーマンスで魅せたり雰囲気やライティングで魅せる、するともっと単純に捉えた方がよくなります。

 

 

自然に戻して、何も出てこなくてもよいから、一番歌いやすいところでやりましょう。

すごくわかりやすい歌、歌い方が決まっている歌、起承転結、一行ずつのなかでクレッシェンドしてデクレッシェンドして、8分の6拍子、3拍子がそのなかに乗っかっていて、ゴンドラで揺れているなかで歌うような歌です。

 

メッサディヴォーチェのようなトレーニング、強くして行ってから弱くして収める、発声のレッスンのように一行目、Sul mare luccicaまで開いていきます。

 

クレッシェンド、l’astro d’argentoで閉じる感じ。ブレスしても構いませんけど、これで一つ、歌い手ならノンブレスでいける、すると黙っていてもクレッシェンドしてデクレッシェンドになる、少し早めにノンブレスで最後まで。簡単に言うとABCD。AB4行に対してサビのCD4行を一段階上のステップで歌うのです。

 

頭から強く歌う人もいるし途中で強くする人もいれば最後強くする人もいます。ここは自由に動かせます。その伏線を前半のABのところでどうつくるかということ、ABは起承転結でなくても大きくして小さくしてを4回繰り返しても成り立つ、そこで伏線を引いておいて、その伏線に対して後半どんなふうに収めるかというセンスがあるかです。

 

当時のものだからそれを3番まで繰り返すという歌。1番をこう歌ったから2番をもっと盛り上げて3番で落としてとかそんなところまではいかない、1番だけの組み立てをきちんと考えていけばよいです。今ので声量なり呼吸なりがもうちょっと後半部分で1.5倍くらいあれば、単純になるはず。四つくらい歌って終わりです。

 

今の力だったら八つ歌って終わりくらいでワンコーラス見ておけばよい、できたら4つ。Sul mare luccicaで終わるのではなくl’astro d’argentoまでで終わるくらい。転にあたるSanta Luciaをどうおくか、後のSanta Luciaを収めるのか、最後をすごく派手にやる人もいるし、このへんは自由、どう魅せるかです。

 

この当時のナポリターナを使うのは、結局、声を魅せる、喉を聴かせるみたいな歌だからです。抑えてしまうと別の意味で、もうこの作品はそういうものだと知っていて、同じ歌い方はしたくないという人が、嫌ってわざわざ違う歌い方をするようなものとなります。

例えばロック歌手が歌うときに、声を聴かせようたってクラシック歌手やナポリターナ歌う人のようにはいかないから、自分の土俵でやる。そういうことならよいです。

 

後半は、どこかを歌っておかないと、きつくなるでしょう。聞いている人が晴ればれとする歌になりません。

歌詞やメロディーは考えさせるような歌ではなく、美しさを歌っている歌なので、そこのテーマが伝わらないとよくないのです。

 

日本人に歌うなら、なおさら言葉がわからなくても星とか波とか月とか夢とか、そんなことが伝わるような歌に聴かせないといけません。すると、この歌い方はリスクが大きい、せいぜい前半だけにして、後半のサビは思い切って歌うべきです。

 

luccicaのところとgenteのところ、少し喉が働いています。あとで働くのはよいけど、流れができていないうちに働かせると、歌のスケールが小さくなります。最初の二行で一曲くらいの大き目でつくってみましょう。

 

こういうときは、クラシック歌手みたいに、偉そうに体もデカいつもりで胸にいっぱい空気が入れるくらいでやらないと、スケール的に足りなくなります。

今の歌い方くらいなら1.5倍くらいの速さにしないと息が間に合わないです。

これでまだ2割くらい息があるくらいの余裕が欲しい。

今はしかたないが、10で10使い切るから、足らないと思っていると身についていきます。

 

実際に歌うときには2割くらい残しておかないとカスカスになってしまう、ぎちぎちになってしまう、するとテンポを早めるかどこかを小さめにしておいて、後半に余力を残しておくのです。大体皆それで吸えなくなってくるでしょう。

レーニングしておかないと次のところで呼吸が小さくなって、サビにいくときにはもう短く切らないと足らなくなります。簡単だけれど大曲です。

 

サビのところ。Venite、Veのところは難しい、miaでもよいしall’agileのleのところでもよいのでそこの声をとって、息漏れさせないように、その分ロスして息がなくなってしまいます。Santa Luciaもciaのところで喉にかけ、その分消耗します。

 

 

クラシックではないので、絶対に喉にかけてはいけないわけではありません。効果があれば、サワリみたいなもので、かすれて何か感情が伝わるのであれば、それを出せばよいです。

単に無駄に消耗するのだったら、客にとっても自分にとってもリスクがあるだけ、効果がないのに、やる必要はありません。

 

vとかbとかの濁音はロスする、サとかタとかfも。miaは楽に出るし、Santa LuciaのLuはよいけどciなどは、Saも同じです。はっきり言おうとすると勢いで声をとってやろうとするから、そのへんは声楽のトレーナーを見習って効率よくします。子音が使えないのであればnaや母音で歌ってみます。

 

サビのところナ行に変えてみる。ナのところに響かせる。下のひびきとともに上のひびきがあって、それを邪魔するような喉とか口のなかとかは響かなくてもよいです。そこにひびきの点みたいなものはもっておいて歌います。

 

次の歌にいったときに響かせようとしてもファルセットもかからなくなるし、高い音も出なくなります。ああいう歌い方は10曲に1曲、何か奇をてらってやりたいときに、どこかのヵ所で使うのはよい。それをベースに流してしまうと、ほとんど全て、それになってしまい、そこから抜けられなくなります。

 

10くらいの共鳴を2か3しか使っていないのはもったいないです。10使えた後に8隠してもよいし、8も隠せなくても5くらい隠してもよい、ポップスでマイクがあるからそれはよいです。フォームはとっておかないと歌のスケールが小さくなっていってしまいます。

 

歌い方は個性で認める人はよいけど、スケールとか心地よさで万人受けしようと思ったら、歌い手がのびのび歌ってなくて聞き手が楽に聞けないというところで失格です。

発声と歌とはそこで結びついています。まず発声のベースのところで一曲、呼吸も必要だし、上のひびきを使うのも今の方が効率よく使える、10の体しかなくても20に見せられるます。

普通の歌い方だと20の体があっても10にも見せられなくて、すごく不利、お客さんは本人を見ているのではなくて本人が化けたところを見ている、その化ける度合いが大きい方がよいでしょう。

 

「共鳴」、「響かせなさい」とか「喉を開けろ」と、うるさく言っています。

それが合わない人もいるが、今はどちらでもできるのだから、あまり言葉の方とかニュアンスのところの拘らないことです。

自分で「よい」と思うニュアンスは、あくまで一曲のなかで何ヵ所かです。

一番よいとこに出てきたときに聞こえるもの、それが頭から出していたら、普通の人にとっては、それがあたりまえの歌になってしまいます。

 

こういうひびきできれいに歌っていたときに、一回目で歌っていたようなところが、この歌のなかで一行とか二行出てきたりするとよいインパクトになることもあるでしょう。

3番の前半はあれで使えるかもしれない、そこで落としておいて、その代わり後半が開放されなければ詰まったまま終わってしまいます。

 

研究材料としてはいろいろなものがあってよいのですが、もったいないことはもったいない、打ち込みでつくっていくようなやり方のものは、声のない人がいろいろな音色加工したらやれてしまうやり方です。

声がある人がわざわざそれをやる必要はないです。特にこういう歌はそうです。

皆が知っていて開放感があって、10人がいろいろに歌っても、それでも後半は抜けていないと、単に狙ったなくらいで終わってしまうのです。

 

自分で歌うと駄目で、自分を超えたものが、体に宿ってその呼吸に乗せてみて、こんなに伸びるんだとか、こんなにひびくんだみたいな感覚のところでするのです。

そんなあやふやなままでは、なかなか歌えないけれど、本当は本人が理解できないようなところで歌えているのが一番よいのです。

それを自分で決めると、何も降りてこなくなります。まず声を気持ちよく出すことが前提です。

 

 

「月は高く」で「海に」で入っていくのかなと思うのですがもう引いている。本当はその1に対して、1がすごく強く出たら次は引いてというのもあるけど、最低四行まではベースをつくっておかないと、このまま全部行ってしまいます。

するとサビだけ声張り上げて終わり。

 

「絶え」も本当はすごく大切なところなのに聞こえません。

この歌はここがたっぷり歌えなければ、先はもたないので、それが一つの基準です。

 

誰でも歌えるのですが、難しい歌、本当の意味で聞かせようとすることです。

すごく強くとかすごく速くとかいうことがないだけに、聞かせる、あるいはあとでちゃんと伝わったか伝わってないかが、はっきりする歌です。

大体皆諦めてしまう。何人かで歌うとか、きれいな歌だから、そういう意味では、なかなかこなせない歌になっています。

 

練習するのは21行目くらいのところ、まあ1行目は全部練習になります。1行目だけやってもよいくらい、練習になるのです。

日本語がついているもの、フランス語とかは日本語にもってきた方が多分よいでしょう。ナポリ語とかイタリア語は、案外原曲で歌って日本語にもってきてもそんなに変わらないけど、フランス語とか英語の場合は日本語で歌うと違う曲のようになってしまうのです。

 

やらなければいけないというより、やっておくと二曲分以上の勉強ができるので、もったいないです。日本語と原語で歌い分けていたら、一曲で、三曲曲分くらいの練習ができるのです。

二曲くらいを日本語と原語で歌うようなことをメインに組み上げていた時期もあります。

 

今まで通りの欠点が出ているくらいだが、進むに従って、特にフランス語使ったからかもしれないが、喉の状態が聞くに耐えない、素人が歌っていてもこんなに酷くならない状態で、ここでもあまり聞かないです。

イメージが、間違っているわけではないけれど、少なくとも歌というのは最低限の伸びやかさとか明るさとかが欲しいです。

特にイタリア語の歌に限れば、ジメジメしたものよりもっと乾燥したような感覚のものなのです。例えイタリアに行かなくてもゴンドラとかナポリとかみて、感覚を変えることです。

 

結局、イメージが違うのです。今のイメージで歌ってしまうと、呼吸が回らないし、声を抑えてしまって固めていくから、感情表現できたような感じになっていても自爆していきます。

いろいろ発声をやっていて、よいところが、曲を進めるに従って、むしろ喉の状態が悪くてできていないところはしかたないが、自分でそうもっていってしまっています。

これ以上崩れるなら一回歌を離してしまった方がよいし、全部の曲に関して崩れてしまっているのです。構成もイメージが違う。

 

いつもくらいのレベルに留まっていたところは「サンタルチア恋し〜歌う歌も心慰めず」、ここは、本当に何もしなかったから一番よいです。

他のところは全部、やったことが裏目に出ています。

この二行が何もしなかったからよかったのに比べて、次の「ナポリで死ねば」は最悪に崩れています。最後「サンタルチア別れゆく寂しさ」も同じです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「con te partiro' タイム・トゥ・セイ・グッバイ」 C020

 

 

一人でいると地平線を夢見て、そして何も言えなくなってしまう

あなたがここにいなければ太陽もなく、部屋は明かりの消えたよう。

 

あなたが火をつけた私の心、窓から皆に見せてあげて

そしてあなたが道端で見つけた光を私の中に閉じ込めて

 

タイム・トゥ・セイ・グッバイ

見たことのない、たずねたことのない土地

今こそあなたとそこで暮らそう

あなたと旅立とう

船に乗り、もう無くなってしまった海を越えて

 

一人でいると地平線を夢見て、そして何も言えなくなってしまう

あなたは私の月、あなたは私の太陽、私と共にいる

 

タイム・トゥ・セイ・グッバイ

見たことのない、たずねたことのない土地

今こそあなたとそこで暮らそう

あなたと旅立とう

船に乗り、もう無くなってしまった海を越えて

そしてあなたと共にその海に再び命を吹き込む

              (BV研究所訳♯Δ)

 

 

A

ゆりかごみたいにあなたに甘えた日々

旅行カバンへと詰め込んで船に乗る

光の消えた街

B

見つめ合うまなざしがしゃべりすぎ

言いかけた言葉を汽笛がさらう

C

Time to say goodbye

海にさす陽に 

祈りをささげて

空を見上げる

D

さようならと

船は岸を離れて

記憶の波間を

永久にさまよう

        (松本隆 訳)

 

 

 

Aで この曲のテーマを想起される感覚をDで増幅させて伝える。Dを効かすためにCの部分で各フレーズの違いを見せて展開を伝える。各ブロックの音色のイメージは、A:激しさ、不安定、回想、B:落ち着き、現在、夢、柔らかさ:C:飛翔、決心、D:情熱、強さ。

 

A「ゆりかご」の「ゆ」で鋭く入り、「みたい」の「み」で少し踏み込んでたたみこむように「あなた に」まで進み、「甘えた」でややスピードをおとして「日々」の「ひ」で大きく踏み込み、「ひ」に激しさの音色を、「び」に回想の音色を与 える。「旅行かばん~乗る」も同様。

 

C 4フレーズで起承転結を示す。Time to say good  byeはTimeでできたスピードとフレーズ の線をキープしつつ、「good」で大きく踏み込んで「good bye」に音色を集約させる。「海にさす」は

「海に」の「み」に音色を集約させ、「祈りをささげて」は「い」に集約させる。

 

D Cと同様だが、「永久に」でためて「さまよう」の「よう」で大きく踏み込んでエンディングを示す。(YM)

 

 

 

◯トレーナーアドバイス]

 

低い第四音から、高い第二音までの、1オクターブと6度という、かなり広い音域の、デュエット曲です。歌っているのがミュージカル畑のソプラノ歌手と、オペラにもチャレンジした盲目のテノール歌手で、声楽の発声をベースにしているため、難なく歌えている曲です。ミックスヴォイスや裏声を使う女性には、取り組みやすくても、実声しか使わない男性には、かなり難易度の高い曲です。実際に有名な部分は、歌の11小節目からですが、冒頭の、16分音符の羅列が続く2フレーズと、同様に16分音符の羅列が続く、中間部分の4フレーズの早口が、しっかり板につくまで、何度も繰り返し練習する必要があります。また、有名な部分の4小節目と9小節目(歌の14小節目と19小節目)の、1オクターブの跳躍は、ほぼ最高音への跳躍なので、安定して、楽に出せないといけません。なぜなら、後半の転調で、同じフレーズの最高音が、2音高くなるだけでなく、さらに、曲の最後のロングトーンは、その最高音になるので、自分の出せる最高音の、3~4音下に、この音が来るように、キーの設定をするのが、安全です。(♭Ξ)

 

前半を女性が、後半を男性が歌っている録音ですがこの曲の特徴としてAメロとサビで音域の差がとても広いということがあげられます。Aメロ部分はとても低いです一般的にはテノール歌手が歌うことが多い曲ですが、テノールには低い音域ですのでマイクを使用することを前提に作られた曲だなという印象です。この歌の難しさは高音域よりもむしろ低音域にあります。Aメロはレガートな歌い方でイタリア語が自然にながれなければいけません。これはとても難しい技術です。

女性の歌手はおそらくイタリア人ではないと思います。サビの高音域は音の強さ、響きの充実度、口の開け方等でとても立派な歌い方なのですが、低音域では響きが薄くなっていて、イタリア語としては母音の充実度が少なく、結果的に子音がかなり強く発音されています。こうなってしまうとイタリア語のもつレガート感が失われてしまいます。こうなるとイタリア語には聞こえないのです。美しい声の歌手だとは思うのですが、レガートという声の基礎部分はあまり高いレベルを感じません。男性歌手はボチェッリなのでイタリア人というのはわかるのですが、やはり美しいレガートなイタリア語さばきができるので安心して声を楽しむことができます。それでいて高音も強い歌手なので素晴らしい声を全体をとおして聞くことができますね。

しかし、テノール歌手としては喉の位置が高いと思います。美しい声だとは思うのですがもっと深さが欲しいと思ってしまう声ですね。(  ♭Σ)

 

テレビなどでも耳にする機会の多い曲だと思いますので、イメージは沸きやすいかと思います。サビの部分の印象や高音に対する印象などが強くなりやすいと思いますが、この曲を歌う上で大切にした方がよいと思うことは、「イタリア語を語れる」ということです。冒頭の部分は言葉が詰まった印象を受けると思いますし、音域も比較的低めです。この部分は、「歌う」というよりも「イタリア語を語る」ということが特に大切になってくると思います。「歌おう」としすぎてしまうと、却って歌いにくくなったり、言葉のはまりが悪く聞こえたりということになってしまいます。焦らずゆっくり、イタリア語の持つ語感を大切に読むことを繰り返して慣れましょう。その後、イタリア語のフレーズ感を活かしながら、リズム読みができるように練習し、最終的に音をつけられるように練習していくと、フレーズを活かした歌い方になっていけると思います。この曲全体を通して、言葉のフレーズ感はとても大事になると思いますので、読む練習を基礎として慣れてみてください。(  ♭Я)

 

 

 

 

◯コメント

 

タイム・トゥ・セイ・グッバイ Con te partirò

 

どっしり構えて威厳もって歌わないと成り立たないです。ナポリターナはそういうのが多い。日本人にはなかなか難しい、体格のよい太った人がドンと構えて堂々と歌います。

 

Con te partirò~。コンテのテ。パルティロも深く。ティ。寸法はあとで調整するとして、練習としてはひびきの確認をしておくことです。もっとゆっくりでもよいくらい。こういうのが確実に決まらなければ、次のところに行けません。

 

ポップスはそれでもよいが、クラシックやナポリターナでは、ここ自体の声を聞かせて表現力をもっていないといけない。だからたっぷりめにやっておく。そのくらいの体と支えをもって、通常の速さで歌ったときに歌が飛ばないようにするのが難しいです。

 

このくらいのテンポで、ゆっくり全部を歌う。今はまだもたない、もたないのがわかれば練習になります。さっと歌ってしまっては歌えているのかどうかもわからなくなってしまいます。

 

コンが浅いしテも浅い。威厳をもって胸を張って、日本人なら、すごく偉そうに威厳をもって、歌って、ちょうどよいくらいです。

最後の音がブレて調整できなくなってしまっています。それが調整できるような呼吸力で1.5倍くらい強めに出したいです。

 

Con teで一回ブレス入れてもよいから、強めに、今くらいの長さかもっとゆっくりめで。Con teだけ。コンが弱すぎる。テが引っ張っていて押している感じ、響いているのではありません。

Con teは実際にはConとteがちゃんと入った上でフレーズが回らないといけません。

それだけのタメがないと、そこまで入るとちゃんとした声が出るけど、歌ってしまったら、それしか出てこない、それでは素人、声をもっていない人と変わらないのです。

 

コも浅い、ルができていたのだからオはもっと深くできる。ちょっと広がったけどそれでもよい、広がったものを深くしていく感じ。単に浅く広くなるのではなく、広がったと思ったら、ここに入ると思ったら、そこを狭めないで入れていくのです。

 

墨をたっぷりつけて、それをビーっと引いたらかすれてしまうから、流れに沿って、声が動くところにもってこないとだめです。きちんと体を使ってない、呼吸しなくてもできてしまうところでやっている、呼吸しないと表現は伝わらないです。☆

テを引いている、全部前に。

 

partirò、半分殺している。ròだけ。ビブラートをかけてという言い方はあまりよくないが、スムーズに、突っ張らないことです。

Paesi~。Con te、テが動き過ぎ。声が拾えてない。

Quando~。ゆっくり。もっと鋭く入って。paroleだけ。かすれてしまっている。パが難しければアで、アローレ。前のめり過ぎ。マローネ。そこで体を入れないと。ラローネ。

 

今、少し喉の状態がかすれたり疲れたりしています。それは最初の歌い方があまりよくなくて、急に高く言ったり浅く言って踏み込めていない、体を使えば出るはずの10のうち3くらいしか使っていないから、喉に無理がきていて状態が悪くなっています。

 

今この歌を歌えなくてもよいですが、一行とか1ワードくらいは、今の体で、例えばもう一時間くらいレッスンがあって、あいだをすごくあけてやっていたら、できるはずです。

完成度の高いものがあっても、そうでないところで歌ってしまっています。そこの問題です。

 

それだけ体を使わないとなりません。トレーナーを見ればわかるが、体ができている人でも使っています。見るのは簡単でやるのは難しいけれど、全然できないことではない、部分的なところをとればできます。

歌は一曲あるから、全部ができるのとは全然違うけれど、最初のレッスンは1ワードからだから、その延長上です。

 

何回も喉にかけて1、2割の力で歌っていても、カラオケやっているのと同じです。今のようにゆっくり切ってみて、悪いところは喉をしめてしまうので、やらなくてよい。できるところで確実に体を使って、体は疲れるけど息は入ったなとか体には響いたなと思うところでやります。喉とか変なところには力が入っていない状態です。

 

一曲通すというよりはAメロ通すとか半オクターブ通すという形。両方とも大きな曲なので一行でよい、その一行の負担を感じておいて、その一行がワンコーラスもつためには、まだまだ体が足らないです。

 

イメージとスタンスは、ある意味、大スターのように上から振りかぶって「皆、聞いてくれ」でなくても「聞いて」くらいで臨まないと、なかなかできません。

こういう歌はそういうところが必要でしょう。

その上で柔らかかったり優しかったりするものが出てこないといけないのです。それがないところで歌っていたら歌に振り回されてしまいます。

 

場合によっては日本語で歌ってみます。

イタリア語の方がこなれればやりやすいが、バタバタしているくらいだったら日本語で読んで歌った方がよい場合もあります。

日本語としてきちんと歌うというよりは、メロディを日本語の母音をつけてイタリア語みたいな発声でやるくらいで考えた方がよいです。

 

踏み込んだら声はとれるし出てくる、踏み込まないと結局、喉をしめる、喉が疲れるだけで次の日の状態が悪くなります。そうしたら休みを入れて集中した方がよいです。

 

トータル的に一曲歌うことと両方、必要、一行だけやっていてもいつになっても完成しないから、思い切って全部歌うのもよいです。

ただ思い切ってやればやるほど、中途半端に痛めることになってしまうので注意が必要です。

 

 

1行目。構成が見えない。あとで繰り返すみたいにバタバタはしてないけど。大体皆抜いてしまう、すらっといくように、音程がバタバタ見えないように、ミュージカルみたいに変にならないようにします。

 

ここを構成したらその後はどうもっていくかは、ややこしい問題になってしまいますが、これだけだと思っても、最初に歌ったときの方が、構成が出ていることが多いものです。

このなかで起承転結がついていますか。

前半後半という構成くらいしか聞こえない、三つくらいになっていました。

いろいろな人たちが歌っているのをもう一度聞いてみてください。

 

日本語での問題は、最初はまだ二つずつくらいでいっているのを、段々16個に、本当だったら4個4個、16じゃなくて4で聞こえなければいけないのです。

最初の四行を二行で。伴奏でいくと、切れてしまうけど、フォークソングのように思ってつなげてみてください。

つながらないようならテンポ少し上げて、ワンブレスで歌うくらいにしておいて、その感覚があった上で、リズムの形で分けていってもよいでしょう。

日本語の場合はなかなかフランス語みたいに韻を踏んでないから、やりにくくはなるのです。音楽性を出していくのか、セリフで歌っていくのかで、大分、違ってくるでしょう。